メンタル・意識変化

「することがない」、「なにをしたらいいかわからない」は幸福度を下げる

2023年9月29日

こんな方におすすめ

  • 「することがない」と悩んでいる方
  • 「なにをしたらいいかわからない」と感じている方

今、あなたはなにか

することがありますか?

家事、
育児
仕事のプロジェクト

多くの人は、

多くのやることを抱えて、日々を生きています。

それで、充実して、今日も1日やり切った、と充実してすごいるのなら

あなたはとても幸福度が高いと言えます。

しかしながら、
その行っている何かに集中して取り組めない時、

理想とすることに対して、優先度の違うことに取り組まなければならいない時、うっうつとした気分におちいるのではないでしょうか?

あるいは、「することがない」、「なにをしたらいいかわからない」という感情を持ちながら、日々のルーティン(起きてご飯を食べて、家事をして、風呂に入って、寝て)で終わってしまう。そうした日常に充実感を感じず、何のために生きているのだろうかと、生きている意味がわからない憂鬱な気分に陥ってしまう。

1日の中で何もやることがないのは、幸福度が一番下がります。そして幸福度を上げるきっかけを掴むにはこの先を読んでみてください。

幸福を感じる生き方をするには?

ないもすることがなくて死ぬことはないよね?

20代の終わり、いっとき派遣会社に登録してしごとをしていた時があります。

そこは、非営利団体で、私に与えられた仕事は数枚のハガキのデーターを入力して、それでおしまい。

9:30の出社で10:30ごろにはその日の仕事が終わってしまう。そのあとは、なにもやることもなく、何も支持されず、デスクで17:30退社という理想の9時〜5時ではありました

たぶん、部内予算の削減をされないよう人件費として確保するために雇われたのだと薄々感じる様になりました。

しかし、人はやることがない、という状態は本当に辛いのです。

給湯室に行っては、しんどい気持ちを抱えながら「何もすることがなくて、しぬことはないよね?」と自分で自分に語りかけていました。

そのうちに、その様子を見かねた課長があれこれと用事を言いつけてくれたおかげで、事なきを得ましたが、あの日々の辛さは今でも忘れることはできません。

無くなる数年前のある日、以前ほど自由に動けなくなった父がポツリと、「父ちゃん、なにもできなくて、生きていても仕方がない」というのです。

私は「そんなことはないよ。家のこともやってくれているでしょ?」と答えたのですが、実際できる範囲の家の細々としたことを頼んでいたのですが、父はのあちこちを直したり、いじったりするのが唯一の趣味と言ったら趣味で、それも自由にできずに、辛かったのだと思います。

人は、ただ生きているだけでは体は生きていられても、それだけでは幸せを感じません。

人間の脳は、物事や状態に対応するようにでいており、何もしていない状態では機能が低下していくだけでは活発に動きません。やる気になったり、幸福感を得る・ストレスに対処する(セロトニン)などの脳内ホルモンも分泌されないということ。

すなわち、「することがない」という活動の緩慢さは、科学の視点からも「幸福度」を下げるのです。

時間的な制限
行動の制限
身体的な制限
環境的な制限

を強いられるような外部の状況で、「なにもしようがない」のならいざ知らず、そうでなければ、私たちは本来自分で選択して「すること」を決め、なにかを行っています。致し方がないということでも、それに納得という選択をして行っています。

どんな状況であっても、本来私たちは、自分自身が主体的に(自分で決め、行動することを決める)生きることをのぞむ生き物です。それができない時、【不自由】を感じ、さらには【幸せではない】と感じるのです。

情熱を傾けられる【なにか】がわからない?

とはいえ、

  • 自分がなにをしたらいいのかが、分からない
  • 夢中になれるなにかが、分からない
  • 日々、無為なまますごして、モヤモヤとした気持ちを抱えて過ごしている

という方も多いのではないでしょうか?。

私自身もこれまで、人生で夢中になれるなにか、生き甲斐となる一生の仕事、というものを模索していました。たまたま選んだ化粧品会社の仕事、仕事自体は楽しく感じる時があっても、はたらいている周りの人間の仕事への評価の低さに嫌気をさして、昇級試験を受けても上がる給料は微々たるモノ、それらからこの仕事は先が見えないと心底感じました。

「自分は本当はなにがやりたいんだろう」
「自分は何をやるべきなんだろう」

20代、30代は、夢中になれること、一生続けていける仕事、というものをずっと模索していました。

そうした悩みを抱えた時期というのは、本当に辛いのです。前にも後ろにも行けない、進めない動けない状態に陥ります。

そうした中で、やってみたいこと、興味の向いたことをあれこれとやってみる日々が続きました。

グラフィックデザインの学校、フラワーアレンジメント、ディスプレーパースのデザインスクール、マクロビオティック、・・・・。いくつかは仕事として片足を突っ込んだ(関わった)りもしましたし、今の仕事にも役に立ってはいますが、通過点でした。

そのほかにも、香道の体験教室に行ってみたり、ヴォイスヒーリングのワークショップ、レイキアチューメント、などなども。

こうしたやりたいことを、少しずつでもやってきたことは、とても良かったと思っています。

一見、仕事にも人生にも影響していないようなことに見えても、ささやかな興味のあることやなんとなくやってみたいこと、というのは、あなた自身の、【好き/嫌い】【得意/不得意】を実感する・見極めることにつながるからです。

脳は行動しなければ活発に動くことはないように、自分自身の【好き/嫌い】【得意/不得意】は、やってみなければわからないからです。

そしてその【好き/嫌い】【得意/不得意】が、わかってくると、それを人生のの中で意識しするようになるし、それを人生の中での活動や選択の基準にするようになるのです。

体験から気づく・やりたいこと

私たちは、生まれて赤ん坊のときには親や、誰かの世話にならないと生きていることはできません。

お乳を与えられ、うんちをしたおむつを替えてもらい、沐浴をしてもらい、寝て、泣いて、それで成長すると、ようやくハイハイしながら動くことが少しできるようになる。

そして自由に歩けるようになる頃には、周りにあるモノに興味を示して、舐めてみたり、触ってみたり、自由動き回ったりします。それは好奇心や探究心の現れで、そうしたとき子供の心の中には「ワクワク感」が満載で、恐れや不安といいう感情もなく、やっては行けないことという感がもなくただそうしているのみです。

2歳ごろになって、【第一次反抗期・イヤイヤ期】が起きると、素直に親の言うことは聞かなくなります。

  • 自由に動けるようになると、
  • テーブルにいたずら書きをすることもあるでしょう
  • 道路を突然走り出して、危ない目に合うこともあるでしょう
  • 食べていたご飯をひっくり返して、台無しにすることも

もちろん、子供が危険な状態になるのであれば、それを止めるのが育てている親・大人の当たり前の行動です。しかし一方、子供の側からしたら、あれもダメ、これもダメと何でも止められてしまうと、「やりたいという感情」の出しどころがわからず、欲求不満に陥ります。

「やりたいことを何でもさせていたら、わがままな子になる。我慢強い子にしなければ」ということが昔の子育てのセオリーの一つでもありました。そんな時も、子供は自分の欲求を満たせなくなり、却ってなんらかのきっかけで不満が爆発すると手がつけられない状態になる

また、過干渉の親に育てられ、あれはダメ、これはダメ、これをしなさい、これをすればいい、というように育てられると、親の言われた通りの「いい子、勉強で頭だけいい子」となる。そうした幾つもの積み重ねが、大人になってから「自由にやりたいことをするのがいい」と言われても、何をしたらいいのかわからないという心理状態を生むのです。

これから先に役立つであろうスキルやノウハウを学んでも、それを「どう活かしたらいいかわからない」

なぜなら、小さい時から、「思うようにする」ということが経験としてなかったため、無意識にプログラムがないのです。

しかし、誰しも子供の頃、親の支配下に100%いたわけではないはずです。

  • 学校の帰り道の野原を覗き込んで、四つ葉のクローバーを探したり
  • お小遣いにもらった百円で、駄菓子屋さんでお菓子を選らんだり
  • 親に買ってもらった塗り絵の本を一生懸命に色鉛筆で塗ったり

そうした些細なものであっても「やりたいこと」をしてきたはずです。

大人になってからも、あなたが「価値を感じる」なにかを表現してきたはずです。

そうした過去を丁寧に思い出すことです。

また、あなた自身の【好き/嫌い】【得意/不得意】を思い出すときに助けとなるのが、五感の感覚です。

五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚のことで、身体感覚のことです。私たちは体験したことをこの五感の感覚とともに記憶しています。そしてなんども経験したこともまた無意識に記憶されプログラム化されて、成長とともに自動的に(気づかないうちに)行動しています。

身体感覚は、心理状態にも相互に影響し合うもので、身体のどこかに強張りや緊張がある時は触覚にも関連がありますが、触覚は視覚や聴覚に比べて、主観的な部分、客観的な部分を併せ持つ感覚です。

  • 触れたものに対して自分が感じ取る・主観性
  • その触れたモノの質感を(ざらざら、ふわふわだ)と感じる・客観性

しかし、身体のどこかにこわばりや緊張があると、私たちは自分が外の世界に対して感じ取ることをうまく行うことができません。そうした感覚の受け取りができないと、その感覚に対して【好き/嫌い】【快/不快】を感じ取ることができず、心理的にも「わからない」という状態を生むのです。

もしあなたが今、「することがわからない」というのなら、五感の感覚を意識してみてください。

メモ

コンフォートライフコーチングが五感の感覚を重視しているのはそのためで、五感の感覚の質を変えたり、その人の持つ五感の記憶を呼び覚ますことで、今の人生に変化をもたらすことができるというNLP心理学を主軸としてコーチング、セミナーを提供しているからです。

多くの方に、ご自身の五感の感覚に興味を持っていただくよう構成した『五感力メールレッスン』のテキストリニューアルを2023年行なっています。これまで登録していただいた方には自動的にうけとれるようにします。嫌な場合は解除もOK。

私自身も父が亡くなった先一昨年からいろんなことに対しての受け止め方が変わり、NLPの心理学に関してもより深く理解できるようになったことでコーチングプロセスなども見直しを進めています。

生きるは、活きる・あなたの能力を使うこと

これまでお伝えしてきた通り、「やりたいことをやることをすれば、理想が叶う」ということはありません。

理想や目標があるときには、かならず「やらなければならないこと」「苦手だけれど必要なこと」が発生します。時間がかかったり思うようにいかないことも出てきます。そうした時でも、「することが何もない」という辛さに比べたら、やりがいや充実感はあります。

することがない
することがわからない

というのは

仕事にしろ、家事にしろ、趣味にしろ

自分自身の脳も使わず、体も使わず、という状態では、幸福を感じないのも当然です。

  • それは、体が健康ではないからできない?。

体が動かなくても、頭や思考は自由に動かすことができますし、体を健康にするための知恵を出す、調べる、実行する、という「やること」をすることができます。

 

  • それはお金がないからできない?

お金があっても、「やることがない」、「することがわからない」という人もいるし、お金があっても思うように生きられない不自由さに悩んでる人もいます。お金がなくてできないというのなら、あなたができることで「お金を稼ぐ」という「やること」ができるのでは?

  • 学んだスキルやノウハウを活かして、起業したい、でもすることがわからない?
  • 自分が何を目指しているのか
  • それにはほかにどんな情報が必要なのか
  • どのプロセスから始めたらいいのか

それこそ脳を使って、脳に汗をかいて「すること」がたくさんあります。

人は動くことで脳も体も活発に活動するようになっています。
成功するためには、行動する」というのは、本来人のそうした生体的な意味合いをしめしている言葉で、ただただ闇雲に動けばいいということではありません。

「することがない」「することがわからない」というのは止まっている状態で、「することがわからない」時も人は動けず、精神的に辛いのです。

「何もすることがなくて、死ぬことはないよね」と呟いていた29歳の私は、精神的にはかなりしんどい状態であったからそう呟いたのです。

もしあなたが、体も自由に動く健康な状態なら、あとは思考を自由に動かすだけです。

生きるとは活きることです。

 

活きるとは:
・ 人・動物などが命を保つ。生存する。
・ 生活する。暮らす。
・そこに生きがいを見いだして暮らす。
・ そのものがもっている本来の機能・能力が発揮される。有効に働く

という意味を持っています。

あなたは今、活きることをしていますか?。

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