こんな方におすすめ
- 今、生きがいや充実感を感じられない方
- これから先、何を目指したらいいのか迷っている方
- 人生の使命を見つけたいと思っている方
人生の使命とは、何だろうか?
- 生きている実感のある仕事
- 誰かのためになっていると感じる、ふるまい
- やりがいや意味を感じる出来事の中での自分
- 充実感のある仕事とそれに見合う報酬がある状態
- 自分の能力を発揮できているという感覚のある活動
- だれかのための無償の行為
- 楽しくてやりたいことがやれている状態
- 毎日が充実していて、ネガティブな感情なんて湧いてこない時
- 自分の発したことに、反応や手応えをかんじること
など、人によって使命の捉え方は人それぞれでしょう。
それらの前提にあるのが、
- 自分の行動に意味を感じられる
- 人生の全ての出来事対して、理由が感じられる
ということを通して、
自分が生きていることの意味や理由を実感できること。その意味や理由を実感することで、自分自身の中に納得感を持てること。
しかし、そうした実感や納得が持てない時、人は今の状況や自分自身に対して「このままでいいのだろうか?」と悩むのではないでしょうか?。
この生き方に悩むとき突き当たるのが、この「自分の使命は、なんだろうか?」ということではないでしょうか?。
けれども、私たちが自分の人生の時間、自分の命というエネルギーを使い、自分という資質を使って生きること。それそのものが、自分という人間の使い方である、人生の使命にほかなりません。そして、最初から意味や理由がわかっていることばかりではありません。なにかを行なっているうちに、自分がしてきたことに確信が持てることもあります。つまりは、【行動して動いてみなければ、わからないこともある】ということです。
これまでも、人生の使命について何度かお伝えしてきましたが、この年齢になって、両親の生き様や自分自身の生き方を振り返って、強く実感するようになりました。
もしあなたが、
- 自分は何のために生きているのだろう?
- 自分の人生の使命は何だろうか?
と感じているとしたら、
- 今を生きていることに悩んでいるとしたら、
- 今、生きがいや充実感を感じられない
- これから先、何を目指したらいいのか迷っている
- 人生の使命を見つけたいと思っているこれから先をどう生きたらいいかを、迷っている
としたら、あなたのこれまでについて、あなたのこれから先の未来について、あなた自身の使命について、今一度考えてみましょう。
人生の使命というものの本質的な考え方
使命はキラキラしたこと?
実は、これまでの人生も、今現在も、この先の未来も、あなたも、私も、すべての人は、自分の人生の使命を生きています。
【生まれ持った星】という【使命】で生きるには、どうしたいいのか?でお伝えしたように、人生の使命を明示されても、それを実感しない心理的なプログラムが発動している場合さえありますが、それさえも実は人生の使命の中の流れの一つでさえあります。

今一度、改めて聞きます。
あなたに取って使命とは、どのようなものだと捉えていますか?
上記で述べたような、
- 自分の能力を発揮して、生きている実感を感じること
- 自分の望んでいること、望んでいるものがすべて手に入る状態
- 社会の中でスポットライトを浴びるような活躍をしている、活動や仕事
などのように、捉えているでしょうか?。
人生の使命は、遠くの一点の星のように、・キラキラとして全てが自分の思い通りで・豊かさも、地位も名誉もある、何者かになっていることで、今も自分は、「そうなることを目指している」「そのための努力している」とあなたは答えるのではないでしょうか?。
- しかし、そうなっていない
- なかなか、そこに辿り着いていない
- 自分が思うようにできていない
がために、“今、とてもしんどい思いをしている” そう感じているのではないでしょうか?。
- 自分はなんのために生きているのだろう?
- 何をしたら、迷いなくしっくりとくる感覚になれるのだろう?
- 何か、これだ!と思える事は、何をすれば得られるのか?
私自身も、20代、30代、いえ、40代のころまで、「自分はなにをしたらいいのだろう」と悩み、人生の使命のような、キラキラとした自分、金銭的な豊かさのある自分、充実感ががある何かをしている自分、というものを追い求めていました。
もちろん、
迷いながらも就職した化粧品会社でも、真剣に取り組んだし
興味のあることや楽しい思いでした仕事
自分を生かしたいと学んだ世界を手伝うこともできた
それでもそれが行き詰まると悩んで、「このままでいいのだろうか?」「自分の能力を活かせることはなんだ?」と、それが得られそうかも?と感じる会社に履歴書を送っては落ちることもしばしば。
- キラキラして
- 楽しくて
- 自分を生かしてくれて
- お金が稼げて
というなにかを追い求めていたのだろうと、今では思います。そうした中で、パソコンやデザイン系、マクロビオティック、フラワーアレンジメントを学んだことは今に役に立ち、あれこれと模索しながらも「自分が何をしたらいいかわからない」「どうしたら自分らしく生きられるのかわからない」状態だった時は本当にしんどいもので、大抵の場合、波のように周期性があり、物事がうまくいかない、家族とのトラブル、お金が思うように入ってこない、というようなことがあると時ほど、人生の悩みにおちいるパターンになっていました。
この年齢になって50代も後半になって、そうした悩みを抱えてきたからこそ思うことは、
そもそも、人生の使命は、キラキラして、社会の中でスポットライトを浴びるような、自分の望んでいることすべてがうまくいっていることではないということです。
人生の使命とは、
- あなたが生きている間のすべてのもの
- あなたの生き方そのもの
- あなたの生活そのもの
であって、人生の使命とは、あなたが、あなたの人生をどのような事に使うのか?という事に他なりません。
- 何か崇高ことをすること
- 何か人より秀でたことをすること
- 何か英雄的なことをすること
- 何か世間やマスコミに取り上げられること
ではありません。
人生の使命は、【キラキラしていて、それをしていれば全てがうまくいくこと】ではありません。【生まれ持った星】という【使命】で生きるには、どうしたいいのか?でお伝えしたように、時には苦しい思いもするし、辛い体験もします。ですがそれすらも、あなたの人生の使命の中の出来事の一つです。

そこを勘違いしてしまうから、「今の自分のしていることがつまらない」、「今していることは大したことではない」と思ってしまうのです。

でお伝えしてきたように、
使命とは:
あなたのこれまでの人生の中にあります。
あなたの今現在の人生の中にあります。
あなたが何に、意識を向けているかということです。
あなたが何に、あなたのエネルギーを使うかということです。
あなたが持っている資質を、どのように使うのか、何かしらの行動を起こしているに過ぎません。今までも、今現在も、これからの未来も、あなたが生きている間は、人生の使命の中にいるのです。

人生の使命は、順風満帆なことばかりではない
人生の使命は、
あなたが生きてきたこれまで
あなたが生きていくこれから
という人生そのものです。
生きている間にはさまざまな出来事がおき、
- 予期せぬことや選択を迫られること
- うまくいくこと、いかないこと
- 身内や自分の病気や不幸
- 嬉しい楽しい出来事
- 人に頼られること
- 自分の力の及ばないこと
などがお起きます。その渦中にある時には、
- 「自分はなんて、ダメなんだ」
- 「自分はなんて不幸なんだ」
- 「自分は、(運が)ついている」
- 「自分は恵まれている」
などのように、出来事と自分を結びつけながら、自分に対しての評価をしがちです。
ですが、
- どんなに偉業を成し遂げた人でも
- 歴史に名を残した大人物だと言われた人でも
- 世界ランキングに上がるような大金持ちでも
- 自分らしく、世の中でキラキラした仕事をしている人であっても
- 著名人で、世の中で取り上げられている人であっても
人生が全てが順風満帆な、無風の中で生きている人なんていません。
人の歴史や伝記から生き方を知れば、人生で悩まない人はいないのです。

そして、そうした人たちの生き方の目立ったところだけが取り上げられているが故に、「人生の使命を持って生きている」と周りの人間は感じとります。ですが、そうした人たちであっても、目立たない、悩んだ、苦労した、部分が必ずあって、その時間があったからこそ<何かが形になって>人生に現れてくるのです。
つまりは、人の生きていることの活動そのものが、【人にとっての人生の使命】と呼べるものなのです。
生きていれば、
自分の行動に意味を感じられる
人生の全ての出来事対して、理由が感じられる
ことが、わからないこともあれば、後になって、それがわかるということもあります。
そして、その人の生きている間には、その人が
- 気になって仕方がないこと
- ついやってしまうこと
- 得意なことで自然と体が動いてしまうこと
があり、そうした何かは、あなたの人生の中で、似たようなパターンとして繰り返し行うことが起きているはずです。
それは、
- あなたが持つ資質の一つの側面として現れ
- あなたがこれまでに育んだ心理的な側面として現れ
- 重要だと感じていること(価値観)として現れ
- 好きなことや嫌いなこととして現れ
その結果として、あなたの行動や感情、判断、選択が引き起こされているのです。
あなたが生きている間に、何に意識を向けているのか、何に命を使うのか?ということこそが、【人生の使命】なのです。

両親を見て思う、人生の使命
多くの人は、【人生の使命】とは何だろうか?と、悩むこともなく暮らし、人生の年月を生きています。しかし、そうした人たちであっても、その人なりの【人生の使命】をその人の人生の中で果たしています。
それは、私の両親を見てもそうです。
世の中の目立った著名人でも、なにかを発明した功労者でも、大きな貢献をして勲位を授けられたものでもありませんが、「確かに彼らは人生の使命を持って生きてきたのだ」と思うようになりました。
私が幼い頃、いえ、大人になってからも、時に激しい喧嘩をする夫婦で、母はそうした父に対して愚痴や悩みを吐き出しながらも離婚もせず、働きながら私たちを育て、家のことをしていました。
母は、幼い頃一時祖父の仕事(満鉄職員)の関係で南京にいて乳母日傘で育ったものの、終戦後命からがら引き上げてきて、祖父の故郷・宮崎ので幼少期を過ごしたそうです。その時には、地域の子どもからも引き上げ者ということでいじめられたこと、姉の方が親戚に可愛がられたこと、親戚の子供の面倒を見ていたこと、大勢の兄弟姉妹がいたこと、など幼い頃のことをよく話していました。
そんな母は、私が幼い頃も大人になってからも、親御さんが働いている近所の子供の面倒を頼まれたり、自分の甥っ子の子供の世話に行ったりと、人生の時間の中で【子供の面倒を見る】ということがたびたびありました。夕方のいっときその子がきておやつを食べたり、話をしたり、ときには夕ご飯をたべたりして、私も合間に一緒に遊んだりということをよくしていました。
「明るくて気さくな方」と近所の人からも言われる一方で、自分の妹のひと言に悩んだり、私とも意見の合わない時には、投げ捨てるようなひと言を言う激しい気性も持ち合わせ、なんどとなく傷つけられもしました。(身体的な虐待こそされませんでしたが、それでも子供は、親の絶対的な一言に傷つくのです)にもかかわらず、手伝ったり一緒にいる時間が長かったのもあって知らず知らずのうちに、心理的な影響も受けていたと思います。
そんな母が、大病をしたのは六十三歳の時。血液の癌を発症して分子標的薬での化学治療をしたあとも、定期的に経過観察のためずっと病院通いをしていました。そのときに私自身、母を自分とは切り離して、客観的に親としてではなく一人の人間としてみられるようになってきました。大人になってからも「スリッパの脱ぎ方が悪い」、「髪の毛が多く落ちているのはあなたのでしょ」という小言がおおく、その言葉の裏に人格否定が含まれていたし、昭和の時代の人にありがちな「こうあるべき」という制限思考や、物事に過剰に反応してしまうお姫様気質や見栄っ張なところがあったのは、自己重要感の低さからで、こうした母の心理を分析的に捉えることができたのはNLP心理学を学んでからです。
もちろん、子供の頃は無心に懐いていましたし、親として助けてもらった部分も多くありますが、亡くなって九年経った今も母のことは、あまり好きではありません。
父は、早くに父親を亡くしたものの祖母の女手一つで育てられたであろう子供の頃の思い出を話してくれ、私とも兄ともよく遊んでくれたのを覚えています。その一方で、母とは激しい言い争いの喧嘩も頻繁で、今から思えば押さえつけられのが嫌な大将肌で、私も同じ九星気学の気質があるのでとてもよくわかります。それでも技術職として定年退職まで仕事をして、そのあとは家のメンテナンスの大工仕事や、自宅の近隣や周辺の掃除清掃などを、雨の日も暑い夏も無償で行い、区長から表彰されることさえありました。
どちらかと言えば母との喧嘩で悪者扱いされていた父ですが、その怒りは母が抱えていた怒りの感情を伝播されていたのだろうということも推察できました。母が亡くなってからの父は、つれあいをなくした男の人にありがちな気落ちもしていたけれど、私自身がそうしたいように尊重してやりたいことをさせたことで、とても穏やかな好々爺となっていました。マイペースなジャイアン気質なところもありますが、本来は気の優しい面白い人だったことに気づきました。
両親にとっては、それぞれの生きてきた中には人生があり、それを生きてきたことの中に、何かの役割があることそのものが人生の使命で、特に心理学を学んだ後、両親を通して両親の心理考察をすることで、モデルケースとして人の心理を理解することがしやすかったことや、自分自身のこれまでの体験を心理学の立場で深く理解することもできたことは、私にとってとても大きいことで、私たち兄妹を育ててくれたことも、その生き方を示してくれたこともまた、彼らの人生の使命だったのだろうと感じるのです。

自分の人生の使命を、実感するには?-1
そしてさらに、
自分の人生の使命を実感できるのは
人生をどう生きたらいいのかは
それはすなわち、【過去の自分自身を知ること】です。
それには、あなたがこれまでの人生の中で、
- どのような出来事があったのか
- どのようなことに意識やエネルギーを注いできたのか?
- 自分が持っている能力(経験知、自然んできてしまうこと、得意なこと)は何か
- 自分が持っているスキル(資格、学業、学んだこと)を実感するることは何か
といった過去が体験してきたことの中から、リソースの部分で自分に対して知ることです。
そして同時に
→そのときどのような行動や考えがあったのか
→そのときどのような感情が湧いてきたか
ということを含めて振り返り、どんなことに注力してきたかについてを知ることです。スキルや資格のみならず、体験から学んできたこと、体験やこれまで注力してきたことの中には、あなたにしかないリソースがあるはずなのです。
※リソースとは:
経営学でよくいわれるリソースは、経営資源を指し、人、モノ、金、が三大リソースといわれます。
NLP心理学でいうリソースは、経験、知恵、知識、能力、可能性、意識、その人の生まれ持った才能、心や思考性の奥にあるもの、などを意味し、私たちが才能を発揮する時に発動されるエネルギーがリソースとされています。
そして、そのリソースを発揮したであろう過去を振りかえることです。
そうしたリソースの振り返りをいていくことで、
- 過去にどのようなできごとがあったか・・・そのなかで自分はどのような振る舞いをしたか
- 過去に感じていた気持ち、願望・・・・・・「こんなことを思っていた」
を思い出して、その中に
- あなたが本心から望んでいること
- 幾つもの共通する人生のパターン
が存在することに気づきます。
どんなに周りの大人や親兄弟に、心理的な影響を受けても、その奥にはあなた自身の想い(考え、感情、気持ち)は必ずあります。そうした中にあなたが「こうしたい」ということを感じた一瞬が、どこかにあるはずです。
私たちは、自分のことであっても(望んでいること、これは嫌だ、こう思う、など)はっきりと認識しているわけではありません。脳は必要がないと感じた情報や、繰り返しの認識ではないことに対しては、記憶することから排除します。
しかし、一瞬でも感じた過去の中にそれはあるのです。20代、30代の人で過去の経験年数が少なくても、それは同じこと。あなたの過去の中に、どんなことが気にかかっていたか、どのような振る舞いや出来事が多くあったか?を振り返ることです。
それは、ありがちな「子供の頃に何が好きだったか?」という自己啓発にありがちな問いではありません。(往々にして、子供の頃は周りの大人の影響で、それを「好き」としていることがあるからで、本心とは違うものである場合があります)

自分の人生の使命を、実感するには?-2
自分の人生の使命を見つけられる
自分の使命を実感できるには
本質的に今のあなたを動かしている【自分のコアな部分を知る】ことです。
私たちは生まれてから今日まで生きていく中で、さまざまな自分の持つ要素があって生きてきました。そうした要素、【自分のコアな部分を知る】とは、あなたを動かしている【心理的な要素】のことです。
つまり、
- 自分の生まれ持った資質
- 親や周りの大人からの影響
- 自分が信じているビリーフ(思い込み)
- 自分が重視している価値観
などのことで、
無意識的な部分にアプローチするコーチングやカウンセリングなど、他者からのサポートが必要な場合もあれば、
西洋占星術や九星気学のような生まれた時の星の配置で備わったとされる資質から自分を理解することもあります。
生まれてから今日まで、私たちが接してきた人(特に親や親戚)からの心理的影響は少なからずあり、それを深掘りすること
もしかしたら、夢中になって読んだ漫画や小説、見ていたアニメやドラマなどから影響を受けたこと
などこれまで生きてきた中で体験したことや感じたことから培ってきた、信念や価値観を理解することを通して、自分自身を理解することができるでしょう。
私たちは生きて活動している中で、何かしらの考えがあったり、感情が湧き起こることで、何らかの判断や行動を起こしていますが、その基となっているのは、
- 生まれ持った資質
- 自分が何をどのように感じるのか
- 自分が何に価値を感じるのか
- 自分が信じていることや
- 自分が重視している、大切だと感ていること
があってのことです。
自分を知らなければ、自分をどのように使ったらいいのかがわかりません。
得てして人は、自分の深い部分の要素、特に【自分の持つ心理的な要因】に対しては無頓着で、「自分がなにをしたいのか」、「自分がどうしたいのか」さえわかりません。
わからないが故に迷うのです。
だからこそ、【自分のコアな部分の資質】を理解することで、自分のしている選択や思考、感情の動き、振る舞い、に対して理解が深まり自分に対して納得できるのです。
それは、履歴書に書くような、<長所><短所>という表面的な理解ではありません

人生の使命は、あなたが生きている間の活動そのもの
使命を過大視して、【遠くにある一点の星】の如くとらえて、追い求めることをしている限りそこに行き着くことはできないし、今の自分に生きている実感も持てないのは当然のことです。(現実的な視点で考えれば、一個人がスペースシャトルに乗ったとしても何万光年先の星に行くことはできません)
あなたが生きて、あなたがどう生きるのか
それこそが人生の使命であって、地に足をつけて生きているあなた自身を見ることなしに、人生の使命は実感できませんし、行動できません。そうしている今も過去の中にも、あなたの人生の使命があります。
使命を遠くにある星ののごとく追い求めるのではなく、あなたがどう生きたいのか、それそのものが人生の使命を生きることです。
- あなたが、なにに興味を持っているのか
- あなたは、どうしたいのか、
- あなたは、何を大切だと感じて生きるのか
そこから全ては発生します。
仕事も、お金も、人間関係も、生きていく場所も、・・・人生に関わる全て。
そして、それは、時に変化することもありうるということです。
これまでの人生でも、あなたには多くの変化があったはずです。
- 好みの食べ物
- 好みの洋服
- 好きな人
- 好きな映画やドラマ
- 好きな場所
そのいくつかは、何度も選択して、その好きのための行動を起こしたことさえあったはずです。得てして、私たち人は、自分の望んでいるこ(こうなりたい、こうしたい、これが好き)でさえはっきりとわかっていません。
だからこそ、迷うのです。
だからこそ、自分のことを深く知るのです。
もちろん、過去の出来事の全てを認識できるわけではありませんが、その断片は確かにあなたの記憶の中にあります。その思い浮かぶ過去の記憶にこそ、あなたが生きてきた意味が隠されています。そうした意味を認識することで、あなたは自分の生きていることに対して「実感」を持つことができる。
そうした、深く自分を知る時間をもつことが、あなたがあなたらしく生きることにつながり、それが人生の使命を実感することにつながるのです。
そう考えると、使命は一つとはかぎりません。
使命とは、あなたが生きているあいだに行う活動のすべてだからです。
使命とは、スピリチュアルや精神世界の出来事ではなく、現実的な視点から捉えることです。

私自身の使命の実感
そしてまた、自分自身もこれまでの人生を振り返ってみると、仕事ややりがいのあるはなんだろうか?と悩んでいた中でも、何度も繰り返し行なってきた事、繰り返し起きた事の中に共通点が見出すことができました。
私自身、これまでの人生を振り返ると
- 健康や美容
- 食べることと病気
- クリエイティブ
な事に意識が向き、それに関する仕事もしてきたし趣味の世界でも表現してきました。
初めて就職した化粧品会社では、仕事そのものもよりも、職場の周りにいる人たちの振る舞いにヘキヘキしたり、気を使うことの方で嫌になっていた部分が大きく、会社としてはいい現場教育をさせてもらえて、今はそれを思い出しています。
私自身が今のコーチングの仕事、セッションやプログラムの企画構成、発信に対して使命を実感するのは、
これまでの体験を全て活かせることと
これまでの体験の集約としての存在
を実感するからです。
その中でも特に、【整理する】【プロセス】ということが共通するキーワードとして、人生の多くのシーンで存在したことです。【整理する】【プロセス】ということが(場所や物、出来事、心理状態など)、たびたびありました。
| 化粧品会社にいた時: | 在庫やサンプルの整理、それを把握することで生じる効率的な発注 |
| 雑誌の編集部にいた時: | 読者の方からの問い合わせ、外部とのやりとり、撮影現場での手伝いの中での段取り、入稿作業、アンケートハガキの集計、 |
| 両親の大病中: | 病状説明を聞いて書取り、頭の中で整理し、状況を把握し質問や意見いう |
| 自然食品店の商品部にいた時: | 商品導入資料の整理、商品登録データー誤発注対策、売り上げ分析、クレーム処理、とっぴな仕事の発生 |
などなど、自宅の自室を整理すること、カフェ運営の時の最後の片付け、母の遺品の整理、など人生の中で常に【整理する】【プロセス】がついて回りました。
両親が大病したことや自分が30代で慢性的に肌トラブルを抱えていたこともあって、マクロビオティックに傾倒しましたし、その時も【整理する】【プロセス】があってこそ、季節や体調に合わせた料理の組み立てができるわけです。
そこからはなれて心理の世界、コーチングの世界にはいったのは、そうしたことを経てきて、これまでやってきたことの集積と自分のコアな願望(自分の能力を活かして経済的に自立したい、自分が主体的に動いて働ける場であること、)が合致したものだと分かったからです。
もちろん、「使命が一つのことではない」、「人が生きている間の活動そのものが、人生の使命である」と思っている現在では、これまでやってきたこと全てが、意味のないことだったとは思いません。しかし、もう少し早く自分について理解していれば、悩むことも迷うことも少なかったのではないかとも思います。
これから先も、どのように変化していくのか、これからはもっと自由に生き方を楽しみたいと感じています。
もしあなたが、今の自分の生き方に、この先の未来に対して、悩んでいるのだとしたら、自分について深く知ることから始めてみませんか?
そして、日々の中で、自分で考え、感じて、行動すること。その中にあなたの人生の使命があります。遠くに輝く一点の星のような使命ではなく、あなたのこれまでの体験の中の使命を実感することです。
