今、ビジネスの世界でも、スキルを学んでそれをこれから先それを活かして仕事にしたい人も、あるいは、何か得意なことを活かして普通に暮らしていくためでも、必要なことは、表現力です。
つまり、自分(自社)の持っている能力を、いかにして他の人にわからせるか、どのような形にするか(商品やサービスにするか)ということができなければ、相手には伝わらず、どんなに優れたものをもっていても、それは無いに等しいからです。もしあなたが、何らかの知識やスキルをもっているとしたら、その知識やスキルを表現することに意識を向けることです。
そうした表現力を高め、適切な表現ができるかどうかで、相手に伝わる精度がかわりこの先の人生の充実度まで変わってきます。逆に言えば、あなたに知識やスキルがあってそれを表現することができれば、この先の人生の可能性が爆発的に広がることは間違いないのです。
表現力が大切だという理由
TV番組を見て思う、表現力の重要性
『マツコの知らない世界』『博士ちゃん』を以前はよく見ていました。この番組に出てくるのは、素人の人、一般の子供さんです。
彼らは、ある特定の何かに対して興味を持ち、好きを通り越してのめり込んでゆき、何らかの分野に、神社や城郭、浮世絵、世界遺産、あるいは、プリン、アイス、野菜、などの特定の野菜や食べ物に対しての知識や情報を、自分なりに整理してまとめ、表現していることです。
その表現は、プロのような、パワーポイントなどの専門的な表現やデザイン性の高いものでもなく、手書きや自分で書いた図形を使ったりでいたりします。もちろん、そうした中には、玄人はだしな表現力を持っている人もいますが、一番大切なのは、その人、その子どもさんたちが知識や情報に合わせて、自分独自の考えをもって、その情報をカテゴリー分けしたり、分類したりしながら、誰にでもわかるように表現していることです。
つまり
- 情報・専門知識+その人の感情(想い、大切だと感じること)=表現力
となっていて、だから見いて、楽しいし引き込まれるのです。
多くの人は、何かの分野に興味を持つと、そのことに対して情報を集めたり知識を深めたりしますが、ほとんどの場合は、それだけで止まってしまっていることです。
知識や経験を深めることで、人間としての深みを持ち、人間として成長することができる。それは、前提としてありますが、
- 知識やスキルを持ってても、それが表にあらわれなければ
- 他の人が見たり聞いたりして、あると気づかなければ
無いのも同じです。
それで、自分は満足だという人もいるでしょう。しかし、人が持つ本心として、「自分がいいと思うものは、人にも広めたい、知ってもらいたい」という欲があります。「別に自分はいいんだ」という人は、謙虚なのではなくて、もしかして自分の持つこの欲を否定いていないでしょうか?。

自分の持っている知識、情報を表現するときに必要な<文章力>
そうした表現力の中でも今一番求められているのが、文章力というものです。
Amazonで検索すると
- 【文章】だけで、50,000
- 【文章術】だけで、3,000
- 【文章 書き方】で、3,000
- 【言語化】で、6000
というと、そうたいした数ではないと思うかもしれません。
しかし、そうした文章術の本があるということは、それだけ文書表現をすることに、誰しも苦慮し必要性を感じ、そして文書の表現力を高めたい、と思っていることの裏返しです。
今は、SNSにしても、ブログにしても、そして動画のYouTubeにしても、音声のVoiceやStand fmにしても元となるのは、言語であり文章です。何を伝えるのか、どの順番で伝えるのか、どういう表現で言葉で伝えるのか、を考える、構成するという思考作業は、言語つまり文章をもとにして成り立ちます。
今は、どんなベストセラー作家さんでも、SNSで配信していたり、どのような企業でも、インターネット上に独自サイトを持っていて、そこに自社の商品やサービスにつながるエッセイや読み物などのコンテンツを配信しています。
また、そうしたビジネス的な要求からではなく、主婦の方や女性の中でも自分の趣味の手作りをインターネットで販売したり、小説をアップしたりして、それが商業化されるというケースもあります。
60代や70代になって、YouTubeを通して自分の生の声や日常生活を発信することを始めて、それが共感を生んで“バズって収益やチャンスが増えた”なんていう方もいます。最初は思いつきのままであっても、やっていくうちに「こう伝えよう」「こういう言い方をしよう」などの構成を考えていくこともしているのです。
そうしたことは、すべて、【伝える】ということであり、伝えることには、文章が必要となってきます。

文章力を養うには、言葉にする習慣を持つ
ここで言わずとも、あちこちで、言語化つまり言葉にすることの必要性が言われています。
言語化というと、理論化、技術的、理路整然と、論理的な、という思考性のイメージが付随します。「言語化」という言葉も、それを必要と感じる人ならば、その言葉に行き着くかもしれませんが、往々にして人は言葉にするという必要性を感じていながらも、その先の「どうやって言葉にするのか」ということに意識が向きません。
- 思っていることがなかなか言葉にできない
- 人とのスムーズなコミュニケーションに悩む
- 自分のノウハウや知識を言語化できない
- どう表現したらいいのか、自分の思っていることや知識、ノウハウを<言葉>にするには?
という所で悩んでいる人の方が多いのではないでしょうか?。先日参加した文章講座でも、文章表現する上での重要なポイントは、<伝えたいことがある>ということが前提で、その上で
- 自分が何を大切だと感じているのか
- 物事や出来事に対して、自分はどう感じるのか(自分の意見、主張がある)
- 自分がこれまで生きてきた中での体験的な気づき
- 読み手にとって、価値ある情報かどうか
ということが、文章表現する上で【伝わりやすいメッセージ性のある文章】となり、読み手の心に響く内容となる。と言っていました。
つまり、根幹となるのは、自分が日々起きている出来事の中にいる中で、「そのことに対して、どう感じるのか」「何を重要だと感じているのか」を日々言葉にする、文字にする習慣を持つことで、言葉を紡ぐことができるのです。
いきなり、理路整然とした語り口や、ノウハウをテキスト化しようとするのではなく、日常の中であなた自身が感じていること、気になった言葉、人から言われた言葉、など、常に書き出すこと意識して、言葉のストックを貯めていくことをする。些細なことでも言葉として表現することは、習慣づけとして誰にでもできることです。
そうしたことの繰り返しから、あなた自身の内面から言葉を持つことができるのです。
発信するというと、表現するというと、学んだことの上部の情報をそのまま文字にしたり、そのままの受け売りで、誰か著名な人が語った言葉をコピーしてSNSのタイムラインでながしても、誰にも響かない言葉として、ただそこにあるだけになってしまいます。
自分の言葉を自分のものとして表現するには、
- 日々、自分が共感した言葉に対して意識をすることです。
- 日々、自分の思いを言葉にする習慣を持つことです。

私自身の文章磨き歴
こうして、日々書くことをしていますが、元々は文章を書く、自分で表現することが苦手でした。
文章を書くことが、得意だったわけではないし苦手な部類だと思います。
小学生の5〜6年生の頃、クラスで日記を書いて先生に提出するという取り組みをしていました。私は、細かに日記を書くことができず、いつまでもノー1冊が終わらないことで、クラスで晒し者にされたりして1冊をようやく終えられたものの、苦しい体験でした。
高校生の頃、読書感想文か何かを書くというのが国語の時間にあって、「自分の思っていることを書いて、それで評価されるっておかしい」と思ってなかなかかけずにいたのを、今でも覚えています。
短大生の頃は、月に一度、観劇や美術展に行ってそれをレポートにまとめるということが必修科目の中にあって、評価は最低ランクしか得られませんでした。
会社員時代の、業務報告書、週報、月報は、内容を捻り出して書いたり、だいたい同じことの繰り返しなので、同じことを書いてやり過ごしたり・・・。
今では、このサイトやSNSから何らかの文章表現アップしていますが、ブログを書き始めたのはかれこれ、20年以上前です。無料のExcite blogで、その当時は、母が大病して長期入院がおわりながら、まだ少し家事や家のことを担っていた頃で、あまり外との交流もない中で、日々思うことが溜まるわけです。
そんな中でヨガ教室に通うなど少しずつ自分を取り戻すようになって、思うことを吐き出す手段として書き出したのがブログでした。ヨガをしている人とも繋がり、オフ会に参加したこともあります。しかし一方で、カフェを運営していた頃には、告知しても人が集まらなかったり「行くよ」と言っていたのに、ドタキャンされたこともあります。
伝わらないもどかしさ
伝えたと思っても反応のない、がっかり感
ブログを書くということには、嬉しいことや意外な反応があったり、とさまざまです。
その後、マクロビオティックを学びながら自然食品店に勤めていた時は、職場の近く青山学院で開催していた、宣伝会議が主催?だったと思いますが、【青山書く院大学】といういくつもの講座があって、土日の休みの日の開催講座を申し込んで、同僚と参加しました。コピーライターさんや、文章を書くことに関連した仕事をしている人が講師として、登壇していました。その時の講義のノートは今でも時々読み返しています。
何に役立つのかわかっていなくても、それでも、やはり、文章表現、言葉のひびき、というものが、心に引っ掛かる、自分の心に訴えかけてくるのを、感じてか、またたまたまあったコピーライターさんのコピーライト講座(宣伝会議の体験講座)に参加してみたりもしていました。
日々の中で、ドラマを見ていて、心に引っかかった言葉を、ノートや手帳に書き出したりもし始めました。
インターネットで見かけた、占いやスピリチャルな言葉を、ノートや手帳に書き写すこともしていました。
2013年ごろから、意識的に本を読むようになってからは、本の内容のなかで気になる部分、タメになると感じた部分をルーズリーフに書き出してBook Noteとしてバインダーにファイリングするようになりました。最近はあまりできていませんが、本の内容を書き出すのと同時に、音読することもしていました。
そしてそれを繰り返し、(今も)ペラペラとめくっていくことで、それを自分の中に取り入れる記憶に止めるようにしています。
先日は、メルマガ配信や五感力レッスンで活用しているメルマガシステムの会社が主催する文章術の講座にオンラインで参加しましたが、(ZOOMを使ったこうしたオンラインでのセミナー体験は実は、初めてです)
文章力、文章を書くということに関しては、無意識的な選択ではありますが、こうした講座を受講したり、本を読んだりしてきたこと、セリフや文章を書き出してきたことが、今につながっていると感じています。思い返せば、会議資料を作る時も、料理講習会のプランを組み立てる時も、コーチングのセッションやセミナーを企画する時も、紙に書いて書き殴ってアイデアをまとめていました。言葉、図形、色分け・・・というように。
割と泥臭い、積み重ねの作業ですが、手を使い、声を出す、という身体を使うことは、自分が思っていることを明確にする方法の一つです。

スラスラ、サクサク文章を書けることが、文章表現できること?
- 文章が書けない
- 自分が思っていることが表現できない
という人が、勘違いしているのが、スラスラ、サクサク、と糸を操るがごとくに、文章をかけることが、【文章表現できることだ】と思っていることではないでしょうか?。
以前見かけた、ある書店が開催していたライティング講座では【40分で、5000文字のコンテンツを仕上げる】というものでしたが、はっきり言って眉唾物です。なぜなら、その5000文字は、いきなり何もないところから書くということを想定しているのかもしれませんが、何かを伝えるために書くのは、何を書くのか構想してラフなアイデアをまとめ、章立てし、タイトルを決め、ときには文献を参考にして抽出してまとめる。校正する、ということが発生します。
インターネットのコンテンツにするのであれば、内容に見合うイメージ写真の選定、ときには画像作成、フォントを変更したりという装丁、というが発生するからです。文章をただ、書き殴るだけなら、40分でできるかもしれませんが、人に読んでもらう文章を書くというのであれば、土台無理です。
私自身、このサイトでのコンテンツを書くときは、まずガッ〜っと書くことを、思いついたことを、を書きだします。以前はコピー用紙だったのを、iPadにしたので、内容を整理しやすくなりました。
その後、メモ機能の中に、文章として起こしますが、これもタイトル案をいくつも出したり、テキストとしてこういうことを書いていこうという構成を考えながらで、1日では終わらない場合(大抵は朝の30分〜数時間を書く時間と決めて)次の日の朝に続きを書いたりします。
そして書きまとめてから一旦校正して、重複した部分はないか、もっと言い方を変えたほうがいいか、リスト的に表現した方がいいか?、参考文献はあるか、文字や言葉についての意味をネットや辞書で調べる、などを調整して、サイトにアップします。
なので、
スラスラ、サクサク、40分でコンテンツに仕上げるなんてのは、土台無理な話です。
もちろん、トレンドブログや商品の紹介アフェリエイトブログなどであれば、テーマや商品を決めて終えば、書くことはその商品詳細がどこかにあるのを引っ張ってくれば書けると思います。でもコピペに過ぎないのです。

伝える努力を惜しむな
そんな、泥臭い作業をしながらも、こうしてコンテンツを描き続けているのは、自分がNLP心理学を学んでから自分のこれまでの心理パターンを解放できたことを、自分がこれだと思う生き方を選択できた過程を、お伝えすることで同じような悩みを持っている方に、少しでも役立てばと思うからです。
また、自分が提供するセミナーやコーチングプログラムに関連する情報をお伝えすることで、本当に望んでいる方、関心を持っている方に来ていただきたいからです。
それには、きちんと伝える努力をすることだと、考えています。
「SNSを使えば、仕組みをつくれば、コンテンツなんて書かなくてもいい」という人もいます。ですが、わたしは、「伝える努力」をすることは大切だと思っています。
伝える努力を惜しむな
このセリフは、私の好きなドラマ『重版出来』の第二話?、の中で、生瀬勝久さん演じる営業部長が、坂口健太郎さん演じる・やる気のなかった営業部員小泉が、主人公と接するうちに、営業に対して心の変化を見せ始めたときのセリフで、「俺たちの扱っているのは本だが、相手にしているのは人だ。本はどんなにいい作品でも、黙って売れることはない。」という後に、この言葉が出てくるのです。
これは、繰り返し自分の心の中で繰り返し語っているセリフで、言葉をつくす、何もせずに、何かが伝わることはないし、その伝える先には、人の想い自分の想いがある。それを伝えることを惜しんでいては、何も伝わらないと思うのです。その思いを伝えるフィールドとして、注力しているのが、このサイトでもあるのです。
もし、あなたが何かをこれから表現して生きて生きたいと思うのは、人として生きてく上で当たり前の感情です。だからこそ、表現する力、言葉で伝える力をもつことは、大切です。そしてそれは、時間もかかるし、筋トレのように積み重ねが必要となるのです。
参考:TBSドラマ重版出来

