先週の9月1日、 2025年5月25日に牡羊座に入った土星(具体性、実現、努力、成熟、自立を意味する)が逆光をへて、一つ前の星座魚座に戻りました。3月30日、牡羊座に一足早く入っている海王星(社会の価値観、理想と夢を意味する)は10月22日に魚座に戻るまで、牡羊座に止まりますが、この二つの星座が同時に牡羊座にあるのは、165年ぶりのことなのだとか。
この二つの天体の影響が強く出る2025年は、牡羊座で未年のわたくしにとって、
- 夢を現実が一体化した強烈な時期
- 大きな節目の時期
- 夢を現実にする時
など、占星術の世界では大きな変化が訪れる時のようで、「理想の現実化!」。「どんとこいや〜!」という感じで、ちょうどコーチングに必要なコンテンツの作り込みも終わってさあ、次のステップへ踏み出そうという時でした。
実はこの期間、私にとっては今振り返ると新しい体験の連続と、不思議な理想の現実化が起きた時でもありました。
それを振り返り備忘録として、書き綴っておきたいと思います。
土星のもたらした、私の変化
土星が促す変化は、そのひと月前から起きた
私に起きた大きな変化、それは実家と自分のものの断捨離、ものの片付け処分へと動き出したことです。
10年前に母親が亡くなった後、私のいくつかの洋服と一緒に普段着ていた洋服をその頃自然災害のあった地域に寄付する団体に送ったり、料理講習会で使っていた調理道具、Macintoshと言われていた頃のアップルコンピューターのデスクトップ PC、液晶ディスプレイなどを処分して以来の大掛かりな片付けで、父が亡くなって五年経って両親が使っていた生活用品がそのままでした。
特に強く意識して、家の中のものを片付けなくてもそここそ生活できていたし、なによりこの五年間は自分の仕事の組み立てで忙しく、そこに意識が向かなかったこともあります。
それが、大掛かりな、総ざらい、とも言えるような断捨離、片付け、へと動き出しました。こうなった動きの最初は、たぶん家族間である問題が浮上したことかもしれないけれど、それはきっかけに過ぎません。
時間的な精神的な余裕ができたことで、それまで何となく望んでいた無意識的な「こうしたい」ということ、気になっていたものの存在、が、顕在意識に登ってきたのでしょう。
父のきていた防寒コート/雨がっぱ/昼寝に使っていた枕、に始まり、
両親のお薬手帳/アルミの弁当箱/公的な書類関係/光熱費の明細数年分/お正月のウレタン樹脂の重箱/ウレタン樹脂の/お椀/母の黒の冠婚葬祭用のバッグ/着物の共布で作られたクラッチバック/古い包帯/古い氷嚢/古い扇子/園芸に使っていた支柱/頂き物のせんべいの缶/古い郵便入れ、など、ここでは書ききれない両親の残していた、ものが山ほど。
そして自分自身の分も。
捨てるのに躊躇いがあった本/20代の頃によくきていたコムデギャルソンの洋服/30代40代できていた洋服/カビまみれになっていた麻のスーツ/給与振り込み口座に使っていた銀行(今のみずほ銀行)の口座/使わなくなったゆうちょ銀行の口座/溜まりに溜まっていた紙袋/マクロビオティックや自然派嗜好の時に読んでいたオーガニック系の雑誌/本体はもうないマック関係の外箱/押入れに入れていた書籍の段ボール/衣類収納に使っていた茶箱/スチールの使用ケース/雛人形/20代の頃の水着/クリーニングをかけてもインク漏れが起きるプリンター
などなど、多くのものを処分した。
これが8月の末までこうした流れがあって、最後に残ったのが20代の頃に私用にと突然親が買った白いタンス。これも近日中に残っている衣類を押入れハンガーを購入して移した後に処分する予定。
これはちょうど、牡羊座に土星が入っていた頃とピッタリと重なるのです。
片付けていったら、無意識で望んでいた願望が現実化していた
片付けや断捨離が進むにつれて、あれもこれも、あそこもここも、といら要らないものが気にかかるようになっていった。
「ものを減らして、身動きとれるように、身軽になりたい」と思うようにもなっていた。
処分したものの中には、状態が明らかに劣化していて捨てるしかないようなものもあったが、高価なものや状態のいいもので、処分するのに迷うようなものもあった。その際に前提条件として設定した、自分に投げかけた質問として
これから先の自分にとって、これは必要なものだろうか?
引っ越すことを想定して、これは引越し先に持っていきたいものだろうか?
自分がこの先使うものか/使わないものか
を常に自分に投げかけて、判断していった。もちろんすぐにスパっとはいかず悩んだり、どう処分しようかとモヤモヤとしたことも数知れず、ストレスフルな期間でもあった。
今頃になってだけれども、以前のいつだったかは記憶にないけれどふと望んでいたことが、現実化していることに気がつきました。
- 自分の押入れに簡易で段ボールの本棚にして入れていた書籍類を居間に移したい
- 衣装箱にしていた茶箱を処分したい
- 自室のクローゼットの上に鎮座していたプリンターをどこ別の場所に移動か処分
- 別室にある自分用の白いタンス(本当は好きじゃない)の中身を押入れ収納に入れて、処分したい
ものを処分したことで、お金が入り昨年の夏から必要性を感じていたiPad Air (11inch)も手に入れることができました。
これらは、強く望んで意識して、いたわけではないのに、この一連の断捨離片付けの流れの中で、「こうしよう」「片付けよう」としているうちに現実化していて、ここにきて「あれ?、そういえば以前、そうしたいって、なんとなく思っていたことなんだよなぁ」と後から気づいたのです。
この一連の出来事の中で気づいたこと
よく理想の現実化は、思考すること、イメージすることが大切と言われます。
しかし、最初に強く思っている時に、すぐに現実化するわけではなく、忘れた頃に絶妙なタイミングの中で起きるものなのだと思います。
そして、理想の現実化は、
- 突然お金が降ってくるようなことが起きるとか
- 白馬に乗った王子さまが、突然目の前にあらわれるとか
非現実的な世界が現れるのではなく、実際の現実的な生活的な部分から起こるもので、あってそうした日常の中での現実化の積み重ねや体験なく、大きな理想の現実化はありえない。
なぜなら、些細な願望ほど、忙しい日々のなかで後回しにされたり、「別にいいや」と願望がかなうことを設定せず、否定してしまいがちだからです。
しかし、些細な日常の中での願望ほど大切だと思うのです。
そうした積み重ね、現実の中での理想の現実化ができればできるほど、大きな理想が現実化できる筋力ができるのです。
土星が牡羊座に入っていた時期は、あれやこれやと考えることが多く現実的な部分、実生活の中での調整、のような実家片付けやお金のこと、自分の仕事への取り組みの調整、のようなことが起きてきました。
実際に、ステージの切り替わりの時、次のステップに行く前には、手放しや整理が起こると言います。
それは、
- 経済的な面での整理
- モノの手放しや整理
ですが、
こうしたモノの手放しや整理は、価値観や考え方という精神的な面での見直しや手放しや整理なしにはできません。
まだまだ、実のところ両親のモノは片付けきれていないモノもありますが、一連の断捨離片付けは一区切りです。
無意識にたまっていた、生活環境にたいして「こうしたい」が現実化した、不思議な土星牡羊座期でした。
私は、今回のことのように力まなくても強く意識しなくても、自分が望んでいることがスーッと行動に落とせたり、自分が本当に望んでいることに関しての情報を目にして触れることが多くなりました。
それは、NLPを学んでから、制限的なビリーフを解放したことで、脳のフィルター機能の詰まりがなくなり、脳に必要な情報が伝達されるようになったからです。
人は得てして、自分が望んでいる欲に対してでさえ嘘をつきます。自分のことなのにです。なぜそうしてしまうのかというと、やはり子供の頃からの体験によって、なんらかの制限的なビリーフが、そうさせている部分が大きいのです。
「自分がこうしたい」を、何らかの理由で隠してしまうと、人生は表向きは「こうなりたい」「こうしたい」があっても、それは偽りの願望のためうまくいかず、なぜ自分の人生は思うようにいかないのだ」という苛立ちや自己卑下、自己不信にさえ陥ります。
制限的なビリーフは誰しも持っていますが、生きづらさや人生がうまくいかないとき、それを解放することで、人生の流れはとてもスムーズに変化するのです。
そして、人生にはいろんな流れがあります。サイクルのように循環して一定ではありません。
九星気学でもそうですし、西洋占星術でもそうです。私たちは自然のなかの気の動き、星の運行のなかで人生を生きていて、思っている以上にその影響を受けています。成功者や経営者が、易経を学んだり取り入れているのは、自分の気質を知り、気の流れ、星の運行などを利用して「今動くべき時か」、「止まって力を蓄える時か」、を判断しているからです。そうしたことを知ることで、行動の最適化を図ることができるからです。
エネルギーの向けどころ、思考の向けどころが、理想を叶える上では、必要なことだと知っているからです。
