行動・仕事

一人でいる時間が個性を生む

2018年12月25日

今日はクリスマス。
週末の三連休からクリスマスを楽しんだ方も多いでしょうか?。

以前は都心に出ることもありましたが、デパートや繁華街のこの時期の人の異常な多さを一度体験すると
【もういい】という気分で、賑やかなことを楽しむ年でもないので

我が家は、25日に地元のパティスリーで予約しておいたケーキを食べるくらいです。

かつてバブルの頃は、クリスマスをカップルで豪華なディナー、ホテルで過ごすなんてことがもてはやされ、一人でいることは惨めなことというような風潮を社会が作り出していました。(私などはその頃は、化粧品会社に勤めていましたから休日出勤組で、仕事してまして正月を長めに休んでましたさ)

今でも、クリスマスは仲間やカップルで賑やかに過ごすのは、楽しいこと、良きことと捉えられている風潮があるのも事実で、
クリスマスを一人で過ごすことを【クリぼっち】といったりします。

 

それと似たような言葉で、配偶者を亡くした方をバツイチならぬ、
【没イチ】と呼び、一人にになった後の生き方という本があるのを最近知りました。

なんだか、こうした一人でいることを
下げずむような言葉が社会にあるというのは、

あるいは、
卑下するように仕向ける言葉があるというのは、

社会的なフレーム操作です。

※フレームとは、
心理用語で物事を捉える枠組み、物事を見る枠組みのことですが、
どの枠組みで考えるか、物事を見るかによって、人の考え方の方向性を決めてしまうのです。

例えば、

白衣を着ている人は、つい医師だと思ってしまう。
(実は、白衣を着ているだけの銀行員かもしれないのに)

りんごの皮の赤い部分だけをフォーカスすると、りんごであってもトマトと間違えてしまうこともある。

 

 

一人でいることを下げずむ背景にあるものとは?

【ぼっち】という言葉の意味

・クリスマスに一人で過ごしている
・学校で仲間とつるまず一人でいる
・学食や社食で一人ぼっち

というような、
一人で過ごしている人を指す、この【ぼっち】という言葉は、

元々この言葉の由来は、
どこの宗教、宗派にも属さず、離脱した僧侶を指す

「独法師(ひとりぼうし)」

だという説が有力だとされています。

こうした言葉をわざわざクローズアップして、
人を一括りにカテゴリー分けするというのは、

他の事例でも
コミュニケーションが下手な人を【コミュ障】と言ったり、

・一人であることをさげずむ
・一人でいることをマイナスイメージ
に捉える

社会性があるのだなとつくづく感じます。

ですが、
その言葉が出てくるというのは自然発生的なものというより
情報操作されている一面がとても強いのではないだろうか?と感じます。

小学生になると、歌われる童謡に、
「友達100人できるかなぁ。
100人で食べたいな。」

というフレーズがありますが、

小さい時から、
仲間がいること、他の人と一緒にいることが良しとされている風潮が
ことにこの日本には存在します。

そして、
集団、仲間といることが良しということは、
暗黙の中で、その仲間、集団と同じでなければならない。

という前提を持っています。

 

集団、仲間といつも一緒にいることが善である?

もちろん、仲間を作り何かをすることは素晴らしい面もあります。
お互いに自分ができることを提供しあうことで、一人ではできない事を達成することもできます。

しかし一方で、仲間といることを重視しすぎるとき、

  • 「仲間がいなければ、自分一人ではそれを行う能力がない」
  • 「自分ができないことは、他の人がやってくれるだろう」
  • 「自分が思うことを我慢しなければ、仲間の目標は達成できない」
  • 「皆と同じでなければ、そのコミュニティでは生きていけない」

という無意識の思考がないでしょうか?

それは自分という個人が活かされない状態を生むのです。

特に
起業の初期に誰かと組むことがあっても次第に上手くいかなくなるのは、
一つの船に船頭が二人いる事で、先に進めなくなる状況を産みます。

船頭の多い船は沈むのです。

これまでの日本の社会を見ても

集団である事を尊び、そして集団の総意をたっせするために
個人が犠牲になることが、多々ありました。

戦争や
企業の不祥事
今年露見した多くのパワハラ

もうこれからの日本の社会も、
そうした集団重視の嗜好から脱却する人が現れ始めています。

 

一人でいる時間が個性を生む

「一人でいることが恥ずかしい、惨め」

これは自分で自分のことを「周りがそう思っているだろう」と思い込んでいるにすぎません。

 

実際にそう思っていたとしても、
口に出して直接いうことはほとんどないでしょう。

「クリスマスぼっち」というキーワードで検索してみると、

「クリスマスは、あえて一人で過ごすことの方が
気楽で、好きなことができる」 2018年12月現在、

とクリぼっち肯定派が増えているそうです。

 

個人である事を重視するフランスという国を思い出す時、ファッションデザイナーのココシャネルを連想します。

親に捨てられた貧困層の生まれ
多くの上流階級の男性と付き合うも、決して正妻にはなれない身分である事
その中で、強烈な個性をファッションデザインで表現し
他方、孤独という代名詞で語られた人でもありました。

これから先、

  • 自分はどうしたい?
  • 自分は何ができるのか?
  • 自分はどう思っているのか?

という個へ意識を向けなければ、

集団の中で、自分を生かすこともできずに
人生や時間や豊かさ、さえも搾取されるだけの人生になります。

そうならないためには、
一人でいる時間も必要なのです。

一人でいるからこそ、
自分に対して意識を向けることができます。

聖夜の静かな時間、
一人でいるあなたは、ぜひ自分と向き合う事を良しとして
過ごしてください。

そして、一人であっても
本当はあなたがこれまで出会った人たちとは、

ずっと繋がっているということも思い出してください。

あなたは、一人でいるけれど、
本当は、一人ではない。

Merry Christmas!

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