「自分は何者でもない」と嘆くあなたへ。40代50代からでも自分軸で生きるためのNLP心理学

あなたは、今

「自分は何者でもない」
「自分は、何者にもなれなかった」

とモヤモヤと悩んでいますか?。

こうした悩みは、40代、50代、くらいの方、特に女性の方に多いのではないでしょうか?。40代、50代、となって60歳の定年退職・還暦と言われる年齢が、間近に迫ってきていることもあって、「人生の終わり」「終着点」を感じているからかもしれません。

しかし、それは、今ではもはやこれまでの社会が作り出した思い込み(ビリーフ)に過ぎません。60歳からになってからも、働くことが求められる時代ですし、昭和の時代の60歳にくらべて今の60歳は本当に若くお年寄りとは言えない人たちです。それは、「国が年金受給者を減らしたいからでしょ?」といううがった見方をしてしまえばそれまでですが、実のところ60歳以上の年齢になってからが再スタートとも言える時だと知っていますか?。

私たちは長い間、60歳=年寄り として無言の刷り込みをされてきました。
そうした刷り込みと共に、自身の変化も感じているかもしれません。

20代の頃とは違う、身体の不調、身体の動きが衰え、肌のハリのなさ、頭も物忘れ・人の名前や漢字が出てこないなどの変化とともに、「老いた」ことを実感するがゆえに余計にそう感じるかもしれません。しかし、すべての60歳の人が、身体が衰え、肌の若々しさが失われ、脳の働き認知機能が落ちているわけではありません。そうした人たちが特別な人かといったらそういうわけではありません。

もしあなたが、「自分は何者でもない」「自分は、何者にもなれなかった」と感じているのなら、「何者かになりたいと望んでいると実感しているのなら、今日この時からやるべきことはたくさんあります。

それには、まずあなた自信のことについて知ることです。それは、行動面のみならず、内面にあるセルフイメージの整理、過去の体験の整理、をすることが重要です。

それはなぜか?。そしてどのようにするのか?。が今回のテーマです。このテキストはNLP心理学、コーチング思考をもとに、読み進めながらあなたの気づきを深めるセルフコーチングとなるように構成しています。

目次

「何者でもない自分」を何者にする、気づきと自分磨きの方法

「何者」かを明確にし始めることで、自分の目指す「何者」かが見えてくる

まず最初に、あなた自身に問うてみてください。

「何者であるか」ということその意味するところは、どのようなことでしょうか?

  • 総理大臣である自分
  • 丸々大臣である自分
  • 会社の社長である自分
  • NPOを運営している代表である自分

というような、なにかスペシャルな肩書き役職を持っていることでしょうか?。


  • 航空会社に勤めている・キャビンアテンダントである自分
  • 有名商社に所属して、バリバリ海外と取引している立場の自分
  • センスとデザインをして世の中に作ったものが出回る仕事をしている自分

というような、人から見られて目を見張る仕事をしていことでしょうか?。


  • 楽器の演奏者や作詞作曲をしている自分
  • ダンスや舞踊などの身体表現をしている自分
  • 特定のスポーツをして表彰されている自分
  • 役柄を与えられて演じている役者である自分

というような、繊細な感覚を使うのと同時に身体で表現している表現者であることでしょうか?


  • 社会の中の問題に対して働きかけをしているNPOで活動している自分
  • 人道的な立場で、世界の平和や問題に取り組んでいる団体にいる自分
  • 世の中の不正を正す立場となる組織に属して、正義を行使している自分

というような、ある特定の組織の中にいることを誇らしく活動していることでしょうか?。


  • 自分の好きな分野にとことんのめり込んで、そのことに没頭している自分
  • 好きな分野について研究したこと学んだことが、世の中に認められている自分
  • 趣味でしていたことが、仕事となって収入を得て充実している自分

というような、ある特定の分野について没頭したことが世の中で認められることでしょうか?。


これらは、明確に「何者か」がわかりやすい例の一つかもしれません。あなたが、「何者ではない自分」とは、こうした「明確にわかりやすい」スペシャルな存在ではないことなのでしょうか?。

実は、私たちが自分が何者であるかをか考える時、常に自分と他者(自分以外の外側の対象)とを比較して考えています。私たちの脳の仕組みとして、常に何かを比較して自分の存在や状態を確かめたがるのです。他者の動きその動きの意図までも掴み取ることが出来るのは、ミラーニューロンという鏡のように映し出す脳細胞の存在があるからです。

そして、他者と比較して「自分は何者なのか?」と振り返った時に「自分は何者でもない」と思うのではないでしょうか?。しかしその時、あなたは自分自身のことを見ていません。外側の誰かを見るほど、あなた自身のことに深く見ているでしょうか?。実は、そうではないはずです。

あなたは、特に肩書きのある自分でも、なにか目の見張る仕事をしている自分、繊細な感覚をつかった表現者、特定の社会貢献している組織に属している、そうしたものであることは、「本心から望んでいることなのか?」といったらそうではないはずです。

では、あなたはこれまで「何者であろうとしてきた」でしょうか?。

社会という外側の世界でのあなたの存在が、【有る/無し】にしても、個人的な家庭環境や人間関係の中での役割としてのあなたが、「有る/無し」にしても、これまで中心的にしてきた何かがあるはずです。

外側の何者かと、自分を比べて、「自分は何者でもない」と嘆くのはやめましょう。あなた自身のこれまでに意識を向けて、「自分は何者であったのか」に気づきましょう。

あなた自身の過去に意識が向く時、初めて自己を認識できる

例えば、

  • 「自分は運動、得にスノーボードをよくしている、そして得意だ」
  • 「自分は文房具の機能的で面白いところが好きだ」
  • 「自分は、世の中のこういうことに腹が立つことが多い」
  • 「自分は、モノを片付けるのが苦手だ」

などのように、私たちは、自分のしてきた行動の記憶、よく起こる感情、属している組織・コミュニティなどとリンクして自分ことを表現しています。しかしそれもまた、あなたを表す一面でしかありません。

  • もしかしたら、運動もスノーボード以外のダンスやサッカーなど他の運動も得意になれたかもしれない
  • 文房具といっても、筆記用具、ノート、デスク周りの便利グッズなど、なににめをむけるかも
  • あなたが腹を立てている世の中の出来事の根底にあるのは、別の身近な人に対して怒りからかもしれません
  • 「モノを片付けるのが苦手だ」とする片付けは、価値基準を決めることでささっと片付けられるかもしれません

これまでのあなたが「してきた何か」は、あなたにとっての意味ある行動であったはずです。

あなたはなにを望んできたか、あなたが何をしてきたか、あなたがこれから先の未来で何を望むのか、そこにあなただけの「何者か」があるのです。行なってきた職種、スキルや資格、目立った体験、家族の中での役割、そうしたこと以外にも「あなた」があります。

生まれ持った資質/その資質から起きる思考や行動/繰り返し起きる出来事/つい気になってやってしまうこと/譲れない信条・信念/能力を発揮しているとおもう行為/あなたが好きなもの、嫌いなもの(形、色、味、音、身体感覚など五感の感覚に関連する要素)/どんなことに、感情が動かされるのか

などあなた自身を俯瞰的な視点、客観的な視点で分析しながら、自分自身のことを知ることです。自分自身について俯瞰的に分析して理解することを、【メタ認知】といいます。

私たちは、意識的に自分のことに注意を向けることで、初めて自分のことが理解できます。

漢字の書き順を繰り返し書いて覚えるのと同じように、自分の情報も意識的に自分についてのさまざまな要素を書き出したり知るようにすることで、初めて!脳に「自分についての情報」として記憶されるのです。そう、自分のことなのに!何もしないままでは、自分のことはよくわかりません。

自分のことが記憶されない限りは、曖昧なまま、自信のないまま日々を過ごすことになります。それでも人は生きていく上ではそれなりに生きていけますが、しかし一段も二段もステージの違う自分で人生を生きようとする時、自分自身を知り、自分が何を感じるのか、どんな考えかたをしているのか(そこに制限的なビリーフはないか)、本来持っている能力は何か、出来事や状況にどのように反応するのかがわかれば、より「自分」としての生き方ができます。

それは、自分が感じていること(快不快/安心危険)、こう考える、こうしようという行動、を自分主体で選択して生きていくことが可能になるのです。そうしたとき、あなたは「何者かの自分」になっているのです。

「自分軸」という言葉がありますが、この言葉は、「自分はこうだから」「自分は〇〇ができない人間だから」と限定的に自分を決めつけることではありません。自分について俯瞰的に捉えて理解し、時には変えたり、時には許容したりして、その時々の【最適な自分を探求すること】です。

自分ことに曖昧なままだから、不安になったり、自己不信に陥るのです。
不要な時に不安になったり自己不信に陥るから、人生を変えるための必要な行動ができないのです。
「何者であるか」は自分自身を理解することからです。

今、気づいた時からが、あなたが「本当の何者か」になるチャンスです。

あなた自身のことを、深く知る時間を持ちましょう。あなたの生まれ持った気質、あなた自身のこれまでしてきたこと、感情が動かされたこと、人との関わり方、あなたが当然のことだと思っている信条など、ひとつづつでも自分自身を理解することを通して、あなたは確実に変化していきます。

自分自身のことを、知る取り組みを始めましょう。

自分自身のことを、知る取り組みを始めましょう。

そうすることで、あなたの人生は、あなたの思う通りに動き出します。曖昧なまま、人任せ、ではあなたの人生はあなたの思う通りにはなりません。多くの成功者が自己認知を重要視していますが、それは自分を知ることが人生の良し悪しを決めているからです。

あなたが望んでいる何者かであることは、あなたの本心からのものでなければ、誰か他の人と比べたものさしは、真似をしたとしてもいずれ違和感が生じるものです。

特に私たち日本人は、「他の人同じこと」「周りの人と歩調を合わせる協調性」のあることが【良し】とされてきました。しかしこれからは、(特に、土星と海王星が行動力、自己を追求、情熱的、チャレンジ精神旺盛、純粋さを表す牡羊座に入り)「自分とは」を問われる時代になります。それによって、自分らしい個性や行動がしやすい時代で、自分の思いがはっきりしているほど実現しやすい時代といえます。

逆に言えば、これからの時代は「なんとなく、まあいいや」ではうまくいかない流れになっていくということです。

あなたの心の底からの、「自分はこれが好き」「自分はこれがしたい」という欲を否定していませんか?。

自分は何者でもないと感じる背景にある心理

実のところ、「自分は何者でもない」と発する言葉の裏にある心理的な要因は、「自分は何者でもない」=「自分は価値がない」と自分自身に対して感じているからではないでしょうか?。

自分で自分を大切に思う心のあり方

自分自身は、存在自体が尊い

自分自身は、生まれてきた価値ある存在

という心理的なごく当たり前の感覚のことを、NLP心理学では【自己重要感】と言います。だれもが、何かができなくても、何かの優れた仕事を「する/しない」に関わらず、gifted(とびぬけた才能)を持っていなくとも、生まれてきた自分自身の存在を「OKだ」と肯定できる感覚のことです。

しかし、多くの人がこの【自己重要感】が満たされた状態を当たり前に持っているわけではありません。

私たちの多くは幼少期から、「あれダメ」「これダメ」「〜〜できないのならしっかりと頑張りなさい」と「できないこと」「否定される」「ダメ出し」されて、「だから頑張れ」というように育てられることがしばしばです。すると自然と、「自分はダメな存在」「価値のない存在」という【自己重要感】が低い状態を無意識的にすりこまれ、叱咤激励がマイナスに働いて、「自分は何をやってもダメだという自己否定」、「自分はお母さんお父さんにとって大切な存在ではないのだ」という自己認識・セルフイメージを持ちます。それは無自覚に植え付けられる自分自身に対する【思い込み=制限的なビリーフ】として、無意識の層に存在します。そして、その【自己重要感】を低くしている自己認識・セルフイメージを証明するかのような事象にばかり意識が向くわけです。

  • なにかを始めてみよう
  • なにかにチャレンジしてみよう
  • 興味ある分野を仕事にしよう
  • 思っている理想の自分になろう

と始めた何か。「それが思うようにいかない」「失敗する一つの出来事」が重なると、最初は意欲満々で始めたことなのに途中で投げ出してしまうのは、心の奥底の「自分はダメだ」という根深い思い込みがあるからです。本来なら、何かを始めて熟達するには最初からうまくくことはありません。練習を繰り返したり、工夫したりしながら、落ち込んだとしても、うまくいく状態までには時間がかかるのは当然のことです。

ですが、「理想が叶うには、本来の自分の望んでいることは、なんでも順調にいくこと」と勘違いしがちです。

そしてまた、「自分は何もできない」「自分は何者にもなれない」とあきらめてしまう。

「何者でもない」と感じているあなたのなかにも、なにかそう感じる根拠となる出来事や過去の記憶がありませんか?。

普段日常生活の中で、はっきりと意識に登っていなくても、幼少期それよりももっと前、なにかしらの出来事があなた自身の自己重要感を低くしているかもしれません。

あなたは、あなた自身に対してどのようなセルフイメージを持っていますか?

セルフイメージについて知りたい方は、五感力を鍛えるAdvance(無料メールレッスン)をどうぞ

「何者でもない」から「何者か」へ一歩踏み出そう

あなたは、これまで自分以外のだれか(家族、会社組織)の望んでいることを中心に、それを叶えるために、動いてきたのではありませんか?家の中、組織の仕事スムーズに回るように気遣い、サポートしてきたのではありませんか?。それは、これまでは必要なことだったのかもしれません。

ですが、その分

  • 自分の気持ちを抑えたり
  • 自分を労る時間がなかったり
  • やらなくてもいいことまで引き受けたり

という自分を疎かにしてきたかもしれません。

まずは、その役割を手放すことです。本来ならばあなたがやらなくてもいいことを、あなた以外の誰かがやるべきこと、やってもいいことは、その人に任せることです。(その人にとってあなたがやって当然と思っているかもしれませんが、それはあなただってやらなくてもいいことなのです。

あなたが背負いすぎてきた役割を少し手放しましょう。その分の時間は心の余裕を生み、あなた自身と向き合うことに使えます。その空いた時間に

  • あなた自身が何が好きでどのようなことを感じるのか、深く実感する。
  • 五感の感覚を通して、何が好きで何が嫌いなのか、なにが心地よいのか不快なのか

普段当たり前で忙しくて気が付かなかった、あなたが感じる何かに意識を向けましょう。五感から受け取る感覚や日々の中で気づかなかった感情は、あなたの人生に大きな影響力を持っています。

身体の感覚から受け取っている情報を感じ取ることができな状態をアレキシソミアと言いますが、それが行き過ぎると自分が何をどう感じているのかわからない、表現することができない失感情症(アレキシシミア)にさえなってきます。あなた自身が受け取っている感覚を感じ取れないと、自分がどうしたいのか、自分はどのようなそんざいなのかもわからないのです。

五感の感覚はまた、あなたが過去に体験した体験記憶、その時にあった感情の記憶の記憶の要素となっています。それゆえに、五感の感覚が私たちの今の感情や行動を引き起こす要因にもなっています。だからこそ、五感の感覚を通してあなた自身と向き合う、受け取っている感覚を感じる時間を持つことをしてください。あなた自身のための時間を作ると決めてください。

私自身、30代の半ばに母が血液がんとなって長期入院した時は家の切り盛りをしなければならず、それは、私が幼い頃から母が働きながら家事をするなかで、母が不機嫌にならないようにと気を遣って手伝いをしていたことが延長線上にあったのだと思います。

その後は社会復帰しながら、マクロビオティックを勉強したりNLPを学びましたが、これまでは合間合間に母父の体調が悪くなるたびに家族のこと家のことに気を取られていました。母が亡くなった後は家事、仕事、父の体調管理と介護などが発生していました。自分のことに全集中することができるようになってきたのは、父が亡くなってから数年経ったつい最近のことで、家事は簡単な掃除と自分の食事を作るといった最小限のことで済むようになったからです。

これまでを振り返ると、これまでも自分のやりたいことをやってきたつもりですが、その反面、要らぬ気遣い私がやらなくてもいいことに労力も気力も使い過ぎていた時間を思い返す時、「もっと自分のことに時間やエネルギーを使っても良かった」と思わなくはありません。それゆえに、私自身もこれからの人生を後悔せずに自分らしく生きようと思うのです。

もう歳だから若くないからと諦めて、これからの人生もモヤモヤとして過ごすことは嫌だからです。

ずっと「何者かになりたかった」私自身が取り組んできたこと

私自身も20代、30代と、「何者である自分」を模索していました。それは、自分が本当に充実して、自分の能力を発揮して、社会で認められて(役職、身分として)、お金収入も満足のできる金額であること、そんな自分を求めていました。しかし現実は、へとへとになるまで動き回り、周りがうまく回るようにと要らぬ気を使いすぎていることにも気がついていませんでした。

20代前半、後半で(前回牡羊座に土星が入った頃)、お金を貯めながらながら自分の興味のあることを学び始めました。夜間のグラフィックデザインスクールに通ったり、フラワーアレンジメントにディスプレイデザインスクール、Mac DTPスクールと興味のあることやスキルを身につけようと学びをし始めたのは、社会の中で「何者か」になりたかったからです。

そうした学んだことの中には実際に参加できた仕事もありますが、自分が受けて主体的に動ける仕事とはなりませんでした。モヤモヤとした感覚、もっと自分を発揮したいのに、誰かが認めてくれればできるのに、自分は本当は何をしたいのだろうか、なにを目指したらうまくいくのだろう?。そんな悩みを抱えながらいろんなことを学んでいました。

そんな30代半ばを過ぎた頃、母が血液がんを発症して長期の抗がん剤治療を余儀なくされ、それからしばらくすると父も心臓に疾患があることがわかり後を追うように入院(父の入院は短期間で済みましたが、予後を見守るために病院の付き添いや家事、母の入院サポートは続きました。

私自身もその前から慢性的な肌トラブルが続いていて、憂鬱な気分が抜けない感覚がありました。

そんな中、マクロビオティックと出会ったのは偶然ではないのでしょう。

食べるものや調理の仕方、生活の仕方が、健康や人生を向上させる/昔からの日本の郷土食・四方四里のものをたべる、/一物全体で食材や物事を考える/陰陽五行で物事や食べ物、人の体や気質を考える

というマクロビオティックの基本理念は、それまでどこかで求めていた好んでいた自然思考、生き方をはっきりとさせてくれるものでした。その後、自然食品店の商品部に勤めながらクシ・マクロビオティックアカデミーで本格的に学び始め、21 日間のリーダーシッププログラムも参加しました。十年以上をマクロビオティックが人生の中心にありました。

マクロビオティック関連で、カフェの運営や電鉄系スーパーの食品工場でのメニュー開発のコンサル、料理講習会の開催などメニューを考え試作しそれを提供するという経験ができましたが、お金の面ではなかなかプラスになることはなくだんだんと、精神的にも行き詰まるようになってきました。好きなことやりたいことであってもお金を稼ぐのはむずかしい一面があることを知りました。同時に、肌トラブルを改善したいという想いから取り入れたマクロビオティックが、マクロビオティックを正しくやることが目的になって少しでもそれを外れるとダメ出ししている自分、制限思考に陥っている自分、「健康のための食事法であるのに、これでは健康的に見えないではないか!」という自分に気づきが起きました。

その制限があることで、一歩踏み込んで行動的になれない自分がいることに気づきました。

「肌トラブル癖・体質を改善しよう」
「悪魔に魂を売り渡しても、まずは肌を健康的にしよう」

そう決めた途端、自分は料理の仕事をするのにはプロではないし、食材と試作の材料費の兼ね合い、以前の日本では食のトレンドが頻繁に変わりパンケーキだ、生〇〇、高級食パン、激辛、というように、求めるものがある中で、インスタブーム・【映える】ことが良しとされ、料理講習でマクロビオティックらしきものを伝えることに限界を感じ始めました。

私自身、アイデアを出してそれを作り出すことは好きでも、自分が食べる上では割とルーティンで同じものでもいい方で、さほど新しいものにこだわりがないことにも気づきました。マクロビオティックを実践して学んだ人の中には、「自然食や今の日本の食のあり方を変えていきたい」と店舗を構えた人もいましたが、一年もたないかぐらいで閉店。食の世界が仕事として成り立つためには、大きな資本が必要になる。個人でそれを成り立たせるのは限界があるのも感じましたし、自分でもそれを自然食品店の商品部時代に薄々肌で感じていたのを、あるときふと気がついてしまいました。

そんな中であったのがNLP心理学でもありました。学び始めて自分の中にある自己重要感の低さや制限的なビリーフの存在。そうした心のプログラムが、感情や思考や行動、選択にまで影響しているのを知りました。NLP学んでいくうちに、心の状態が身体の状態にも影響すること、私の肌トラブルぐせの根底にあったのは母に対する怒りの感情が影響していたことがわかるにつれて、治っていきました。

身体と心理は相互に影響しあっている・【心身一如】の関係にあるということを知って、これまでのマクロビオティックの知識とNLPを使ったコーチングをつかって、かつての私のように悩みの沼にハマっている人、解決の糸口がわからない人の手助けができるのではないだろうか?と今に至っています。

NLPは脳神経科学と言語学が元になっていることもあって、さらに脳科学の知識を深めることはとても面白く感じるのは、私の九星気学の生まれ星・六白金星は天、頭、西洋占星術の星座である・牡羊座は頭部、脳、顔、目を表すことからも、自分の生まれ持った気質にあっているものに図らずも巡り合ったことになります。もちろんこれまでやってきたことの色々は、無駄ではありません。デザインもフラワーアレンジメントも、ディスプレイも、マックDTPも、マクロビオティックも。

今ここに至って「自分はこれ!だ」という実感のようなものをようやく実感できるようになりました。

人はいつからでも、「何者か」になれる。けれどそうなるには、大切なプロセスがある

もちろん、オリンピック選手やピアノの演奏者、バレエのプリマドンナ、映像や舞台の世界の役者さん、など若くして活躍している人、長く何かを続けている人は、「何者か」であるでしょう。しかし彼らも、勝利や高い評価を得るまでには、怪我や人知れぬ練習や血の滲むような努力、落ち込んだり挫折するようなことを経ています。

2026年のイタリアコルティナ冬季オリンピックでのショートプログラム五位から金メダルを獲得した、フィギュアスケートペア・日本代表の木原龍一選手と三浦璃来選手ですが、この輝かしい成績を収めるまでには、三浦選手の度々の肩の脱臼、木原選手の腰椎分離症、という怪我。出場を予定していた全日本大会出場では、航空機の遅延やロストバゲッジなどで欠場を余儀なくされたりど、度重なる困難を乗り越えていました。

2025年に話題となった映画『国宝』で主役の一人で大河ドラマの主役となった横濱流星さんは、『林修の初耳学』というの番組の中で「これまで何百回何千回とオーディションに落ちてきたことから。ワークショップやレッスンをみつけては参加した」というようなことおっしゃっていました。

私たちから見たらすでに「何者か」である彼らでさえ、「何者か」になるのには時間も努力も練習もあってのことで、時には気持ちが折れてしまうことさえあるのは、それは私たちとは変わりません。

変わるところがあるとしたら、「そのままの自分では嫌だ」ということではないでしょうか?。人は常に、モチベーションが高いわけでもなし常にポジティブシンキングなわけでもありません。単に心の奥底に「こうありたいのだ」という気持ちを持つことこそが、「自分が何者である」を決める要素となるのです。

それには、年齢は関係ありません。

「もう歳をとっているから」、「若くないから、・・・・」多くの人はそれで諦めて何もしなくなってしまう。自分を変えることを頑固に否定して変わろうともしない。結果、自分の人生の不満を周りの人への不満としてぶつけて、つまらないままの人生にしてしまう。韓国ドラマをそこに自分を投影して、楽しむことしかできない」というのは、女性に陥りがちの負のパターンかもしれません。ドラマや映画を見ていることが悪いわけではありませんが、そうしたことは、外側からしか楽しみが得られず、自分自身から楽しみを生み出せないままです。

<高齢者がかんばっている取り組み>

人は幾つになっても、変わることができる。やりたいことを高齢になっても実践している人たちは現実にいます。

BaBaピザ

千葉県山武市蓮沼にある「BaBa(ババ)ピザは、平均年齢78歳以上の高齢者グループ「笑の会」が運営する、地元の野菜や海産物を使ったピザが人気の温かい雰囲気のお店です。内閣府の社会参加章を受章したシニアが作る、もっちりとした生地が特徴で、地域に根差した場所となっています。 

ケンタッキーフライドチキン:カーネルサンダース

有名な話ですが、ケンタッキーフライドチキンの創業者・カーネルサンダースさんは、若い時にはいくつもの仕事を転々とし田舎のハイウェイ沿いにガソリンスタンドとカフェを経営するも、新しいハイウェイの建設で車の流れが変わり店を手放すことになる。その時65歳。手元に残ったのは自慢のオリジナルチキンのレシピだけ。これをあちこちのお店に売り込む営業をつづけ、初契約が結ばれるまでには1009回もの飛び込み営業をしたといいます。そして73歳の時、チェーン店は600店を超えアメリカでも有数のオリジナルチキンが食べられるチェーン店となったのです。

ゲームアプリ開発者・若宮正子さん

勤めていた銀行を定年退職した後、お母様の介護中に社会とのつながりを保つために、58歳からパソコンを独学にて学び始め、70歳には表計算ソフト「エクセル」を使って図案を描く「エクセルアート」を生み出し、81歳でゲームアプリを開発。世界最高齢のプログラマーとしてApple社のCEOから評される。実際に81歳でゲームアプリ「hinadan」を開発した若宮正子さんは世界最高齢のプログラマーとして、世界から注目される存在になっています。
https://www.hitachi.com/ja-jp/insights/articles/colors-wakamiya-masako

こうした人たちは、何か特殊な能力を持っていたのか?と言ったら、そうではありません。自分が夢中になれること、自分自身は「こうしたい」という自分自身の欲に素直に実感して、それを行動したからに過ぎません。多くの人が何者かになれないのは、「これが正しい」「これが正解だ」という誰か何かの指標を(そんなものは本当はないにも関わらず)それを追い求めて、自分とは向き合わないからです。

もしあなたが、「自分はこのままでは嫌だ」と感じているならその想いを大切にしてください。
今日この日から、一歩「何者か」になることを始めてください。何もしなければ、何も変わらないままです。

これからの時間を主体的に生きることで、何者かになれる

「自分はどうせ何もできないし」と思う前に、自分自身を表現する事が誰にでもできる時代です。

年齢を重ねて50代60代になって、家族のため、会社のために働いてきても、ふと「何者でもな自分」、自分は何もない」ということに愕然とする。そんな気持ちになってしまう方も多いと言います。しかし、そのことに気づいたということは、「自分も何か、自分らしい何者かでありたい」という気持ちが湧いてきたということです。そこで諦めて何もしないままか、今からでも一つでも自分が満足する人生を送りたいと思うのなら、これから自分探しをしてもいいのです。

人はいつからでも「変わりたい」と思えば、変われるものですが、一方で多くの人は、これまでと同じやり方、同じ日々の行動、同じ考え方」を元に同じ時間の使い方をしているのではないでしょうか?。

【何かの偶然の出来事、何かいいこと】が起きて、自分をいつか変えてくれるという曖昧なポジティブさで、自分の人生が突然いい方向にかわると期待しつづけ、年だけをとってしまっていないでしょうか?。そういう方ほど、「自分にはまだ時間がある」として自分の年齢を意識せず、主体的に何か行動を起こすこともなく、時間だけを浪費する生き方をしているという人も少なくないのです。

「何者か」である自分は、あなた自身が「自分はこうする」「こういう生き方をしたい」と望まない限り、外側の出来事や他の誰かが与えてくれるわけではありません。「何者か」であることは、ある時「自分自身のこれまでの体験(過去の記憶)」「自分には何があるか(経験知)」を資格や実績、感じたこと、思っていたこと、を全て洗いざらい深掘りすることが必要になります。つまり、自分自身と向き合うことなしに、「自分が何者か」であることを掴めることはないのです。

あなた自身が「何者か」であることを見つける、第一歩

今、自分を表現する何かをもてていないのであれば、「自分は何者でもない」と落ち込む気持ちがあるのなら、今日から、「自分を表現する」何かをみつけて行きましょう。

  • 表現したいことというのは、貴方の、「好き」という感情と直結しています。
  • 表現したいことというのは、「夢中になれること」や「気になること」と直結しています。
  • 表現したいことというのは、「意識しなくても自然にできてしまうこと」と直結しています。
  • 表現したいことというのは、あなたが本心から望む「こうなりたい」「これが欲しい」に直結しています。

これらは、「何者であるか」「何者でありたいか」にとって必要な要素であり、自分自身の「欲」に直結しています。

わしたちは、生きていく上でこの内発的な動機となる「欲」を生まれながらに持っていて、成長とともに発達させています。もしかしたら、好きであってもそれが、うまく表現できなくてモヤモヤとしたネガティブな感情に襲われるかもしれません。夢中になっていても、途中で疲れて休んでしまうこともあるかもしれません。

最初はそうであっても、続けることです。表現し続けることです。

私もそうでしたが、なにかをやり始めた時に起きる「モヤモヤとした気持ち」「うまくいかない感覚」は、本当に望んでいることとズレている場合もあれば、そのことに対して一歩成長する段階で続けた方がいい場合もあります。そうしていけば、そのモヤモヤが少しずつ消え、やり続けるごとにエネルギーが湧いてきて、新しいやり方を自分の中から思うように表現できるようになってきます。

「何者でもない」と立ち止まってしまったのは、あなたがこれまで誰かのために、一生懸命に役割を果たしてきた証拠です。自分のことは後回しにして、家族や周りを支えてきたその手と心に、まずは「お疲れ様」と声をかけてあげてください。これからは、そのエネルギーを自分自身に注いでもいい時が来ました。私も遠回りをして、ようやく自分という存在を愛おしく思えるようになりました。あなたの中にある輝きを、私と一緒に見つけていきましょう。

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